田原直哉(スキー・エアリアル)のwikiと成績!経歴や家族&結婚や引退についても!

もうすぐ平昌オリンピックですね~

もう一年が経つのか~

まじでボーッとしている間に時間が過ぎていく・・・・。

その一方で、人生をかけた勝負をしている男が一人。

スキー・エアリアルの田原直哉選手!

もともとは体操選手だったんですけど、肩のケガで引退。

体操競技の経験を活かせそうな、スキーのエアリアルに転向。

現在37歳ということで、いや~こういう選手こそ応援したいですよね。

若くして成功したとかって、あんまし共感できないっていうか。

だって、そういう選手って小学生くらいから協議してたりとか、もう環境から違いますからね。

そういう選手を見て、自分も頑張ろうなんて思える人はなかなかいないと思うのですが、

アスリートでこの年齢層の活躍ってのは本当に、勇気を与えますよね。

 

田原直哉(スキー・エアリアル)のwiki~経歴~そして学び

田原直哉(たばら・なおや)

【生年月日】1980年12月24日
【出身地】和歌山和歌山市
【身長】165cm
【体重】68キロ
【学歴】和歌山北高等学校→日本体育大学

8歳で体操を始める
2001年 日体大在学中、インカレで個人総合3位 ナショナルチーム入り
2004年のアテネ五輪での代表落選
2005年の冬、右肩の筋断裂
2006年 引退&エアリアル転向
2008年 全日本スキー選手権 3位
2009年 2位浮上→世界選手権日本代表へ
2011年 全日本スキー選手権 優勝
2012年 全日本スキー選手権 優勝
2012年 W杯モンガブリエル大会3位、日本人初の表彰台
2013年 エアリアル 世界選手権17位
2015年 エアリアル 世界選手権 22位
2017年 エアリアル世界選手権 15位

怪我してから、リハビリを経て、その後も競技を続けたみたいですが、
やっぱ、けがの影響が大きかったんでしょうね。

その後思うような結果が出せずに、引退。

右肩の手術も考えたようですが、北京五輪に間に合わないとのことで、
体操をやめるに至ったとか。

それで、スキーのエアリアルに転向。

これが、2006年のことですから、
年齢にして 25歳。

うーん、一般で言ったら転職とか考えるような時期ですけど、

アスリートですからねぇ。

たぶん普通の考えだったら、とりあえず就職先を見つけて

プライベートで練習をするという選択肢をとる人が大半だと思いますが、

田原直哉選手が選んだのは、どうやらスキーのインストラクターをしながら・・・

ってことだったようですね。

といっても、スキーは八の字で止まる練習からという、かなりの初心者だったようで
かなり思い切った決断ですよね・・・。

先生だから教えられないとまずい!という環境を作って、追い込んだそうですが
これまたすごい決断・・・・。

普通、「いや~教えられないし、他のバイト探そう!」
ってなると思うのですが、短期間で上達してインストラクターになるという・・・・。

発想が違いますよね。

とりあえず、飛び込む。やってみる。
短期集中でマスターして、人に教えることでさらに学ぶ。

でも、一見この発想は飛躍してるようで、理にかなったやり方だと気が付きました。

人に教えることって、勉強でも何でも取得のために重要で、

インプット→アウトプットの最上級は、
知識とか技術を得たら、すぐ人に教えるとか話すってのが、最高、最速の習得法とも言われてますよね。

つまり、インストラクターってのは最高の環境で
技術習得と収入を得られる一挙両得の最高の選択肢だったと。

これは盲点。

なるほど・・・・
これは、私も大いに勉強になります。

早速実践させていただきます。

ってか考えてみたら、会社の仕事だって3か月もすればほぼ業務が分かってて

半年もすれば、一人前になれますからね。

それこそ、次に入ってきた新人さんのOJTとか担当させられますし!

 

6年間の住み込みバイトを経て

で、情報によると

6年前 つまり2011年に長野・白馬村の「岳園荘」で住み込みバイトを開始。

ということは、インストラクターは4,5年やってたてことですかね。

上にも書きましたが、経歴から見ると

25歳11ヶ月 2006年 引退&エアリアル転向
27歳 2008年 全日本スキー選手権 3位
28歳 2009年 2位浮上→世界選手権日本代表へ
30歳 2011年 全日本スキー選手権 優勝
31歳 2012年 全日本スキー選手権 優勝
31歳 2012年 W杯モンガブリエル大会3位、日本人初の表彰台
32歳 2013年 エアリアル 世界選手権17位
34歳 2015年 エアリアル 世界選手権 22位
36歳 (24日で37歳)  2017年 エアリアル世界選手権 15位

2006年9月にインストラクターを始めたようですから、
それまでインストラクターをずっとやってたのか定かではありませんが、

長野・白馬村の「岳園荘」で住み込みバイトを始めた時期は
ちょうど勢いに乗っていた時期ですね。

日本選手権連覇してますし、W杯でも日本人初の表彰台。

ただ、まだ世界選手権ではまだまだ・・・・って感じでしょうか。

オリンピック出場は凄いことなんですが、

凄くリアルな話、オリンピックなんてメダルとらなければ、ほとんど注目されないし、

金メダルとそれ以下では雲泥の差があるのは皆さんご存知の通り。

当然、その結果いかんで、今後の人生を大きく左右しますしね。

勝たなければ意味がない世界。

しかも、フィギュアとかと違って、スキーとかスノボって日本ではマイナー競技。

勝たなければ、今後注目されることはまずないでしょう。

うーむ厳しい世界。

そんな世界で、今も挑戦を続けるとか、本当に頭が下がる思いです。

こんなシビアすぎる世界には行けないな・・・・

もし、自分がアスリートだったら30歳を前に、就職を考えますね。

それで、プライベート練習して・・・・とか、とりあえずの安定を選びます。

それなくして、こんな結果がでるかどうかも分からない不安過ぎる世界で

精神状態が不安定で結果出せるか・・・・厳しいと言わざるを得ない。

だって、アスリートのほとんどが消えていくのが定めですからね。

その姿をみて、それでも自分を信じて突き進むってのは

やっぱ分かっていても真似するのは難しい。

これは無理だな・・・アスリートの世界ってマジで氷山の一角以下は
まったく生きていけないですからね。

までも、ぎりぎりまで挑戦して、

だめなら引退して、アマチュア選手の指導をしたり、インストラクターをしたり
ショップ店員になったり

考えてみたら、生きる道はあるから、そんな悲観しなくてもいいのかもしれません。

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家族&結婚や引退についても!

田原直哉選手が体操競技を引退した時に

エアリアルに挑戦することに反対して、働けと、

つまり就職しろ!と大反対したのが家族。

そりゃそうですよね。

私が家族でも「いやいや、とりあえず就職したら?」って思います。

100歩譲って29歳までですよね。

分かった分かった!35歳まで!!これ以上はなし!!

年齢なんて関係ない世の中であって欲しいけど

やっぱ、そういう年齢差別というか、制限あるのが世の中ですし。

で、こういうアスリートの家族って、兄弟姉妹が、同じような競技やってたりな
パターンが多いんですが、

調べても家族の情報はなしです。

働け!!って言ったことからも、たぶん一般的な家庭なのかもしれません。

もしかすると、裕福な家庭だったかもしれませんが、

田原直哉選手自身は今も貯金ないそうです(笑)

海外遠征とかで全部吹っ飛ぶんだそうです。

いやいや・・・これが26歳とかなら分かるんですが、

37歳・・・・。

までも、彼ほどの実績があれば、

少なくとも日本で食っていくぐらいはできるか。

引退はどうかな・・・

スキージャンプの葛西紀明選手は45歳にして未だ現役

ってことを考えると、まだ5年以上はやってそうですね。

というか、ここまで来たら行けるところまで行ってほしい!!

やっぱ、アスリートの役割って夢とか希望を与えるってことが
重要な役割ですからね。

若くして成功するよりも、遅咲きとか、競技開始が遅かったとか
年齢を重ねても活躍し続けているとか。

そういう方が、多くの人に希望を与えらえるんですよね。

アスリートで50台とか60台の選手がいたら、
ビジネスマンなんて何歳でも若いだろうが!!って話なんで。

俺でもまだまだやれるぜ!!

って思えるわけです。

だから、早くに引退すよりも勝負し続けてほしいですよね。

最後に

田原直哉選手からも学ぶことは大いにあったなと。

・覚えたことは、すぐに人に話す、教える。
 これが知識技術の習得法の極致

本読んでも、次の日にはほとんど覚えてないですからね。

学んだら即アウトプット。

しゃべる人がいないなら。YOUTUBEにでもアップしておけばいいなと。

そうすると反応もあるし、誰かが見てるかもと思うと

やっぱそれなりの質には仕上げたくなるもので、動画を取り直したりするんですよね。

そうやっていく過程でなんども同じこと繰り返すので、知識が定着したり、しゃべりが上手くなったりと。

遠回りのようで、実は学んだそばからほとんど忘れるより、はるかに効率が良いという。

それを田原直哉の行動から改めて認識しました。

あとは

・とりあえずやれ!!ってことですかね

会社員でもバイトでも、はじめ訳わかんないし、こんなのできるのか!

って思うけど、

3か月もすれば、思考停止状態でも業務をこなせるようになり、

半年経てば、どんな業務もほとんど一人前になるという・・・。

ぼーっとしてても、それくらいにはだれでもなれる。

だから、とりあえず飛び込んでしまって、3か月は耐える。

それでだめなら辞めればいい。

もちろん、飛び込んでダメージが大きすぎるのはダメですが、

そこまでリスクないならやってしまえ!って話ですね。

というわけで、今回は長くなったのでこのあたりで!

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