木元文(新潟市民病院・研修医)の夫はや子供は?医師を目指した理由は・・・・

看護助手から勉強して医師を目指していた

研修医の木本文さんが・・・・という一件。

こういうのって、誰かが犠牲せいになって初めて議論になるんですよね。

悲しいけどもそれが世の中というもの。

 

名前写真ありで公開して声を上げることは、

社会にインパクトを与える上でとても重要ですよね、

でなければ、認知されず放置され続けますから・・・・。

木元文(新潟市民病院・研修医)の夫はや子供は?

木元文さんですが、旦那さんがいるんですよね・・・・・

年齢的に当然かもしれませんが、お子さんはいたんですかね?

情報が公開されてませんでしたが、子供がいたとしたら・・・・・。

一般的なルートで医者になった人と比べて、30代とかで目指す人って

熱意のある人が多いんですが、その熱意と責任感が影響したのかもしれません。

想いは大事だけど、自分が壊れてしまったら、どうしようもない。

研修医も医師も他にいくらでもいるけど、家族にとってはあたなしかいないのだから、

もっと適当というか、余裕を持って仕事をして欲しかったですね・・・・。

医師を目指した理由は?

木元文さんが医師を目指した理由ですが、

ネット上には載ってませんね。

看護助手をしていた頃の経験で何かしら思うところがあったんでしょう。

でなければ、仕事しながら医師を目指して勉強して、長きに渡る大学での勉強と

研修医生活なんて、やろうと思うはずないですからね。

勉強期間と研修医を含めたら、10年を超えるでしょうし、半端ではない。

家族の協力もあったでしょうからね・・・何とも言えません。

 

残業時間は200時間を超えていたそうですが、

世の中にはそれでも、耐えている人もいる。

病院に寝泊まりして家にほとんど帰らないような医師もいますし、

成功した経営者も初期の頃は、会社に寝泊まりするような人が多いです。

でも、

彼らは仕事=趣味

といってのける人たち。

そういう人たちがいる以上、残業時間が必ずしも悪だとは思いませんが、

やはり、多くの人はそうではない。

そして一部の、責任感の強い人、生真面目な人、メンタル的に強くない人は

それに耐えられない。

木元文さんも、自身の異変に気がついていたようですが、

それでも仕事を続けてたところを見ると、やはり真面目過ぎたんでしょう。

私だったら、適当な理由つけて休みますがね。

研修医も医師も他にいるわけですし、自分が壊れてしまったら元も子もないですから。

周囲が気がついてあげるべきでした。

<スポンサーリンク>

視野が狭くなる前に

やはり、いつも思うのは視野が狭くなったらそこで終わりってこと。

少し話が変わりますが、

いじめを苦にして自ら・・・・・という中学生や小学生が増えていますよね。

一昔前なら選択肢になかったはずの低年齢層の「自◯」という選択肢。

ネット、スマホなどの普及が、本来であれば彼らに多くの情報、選択肢をもたらすはずなんですが、

何故か、極端に視野が狭くなり、最終手段を選ぶという・・・・。

人生をやめる前に、「学校も仕事もやめる」という選択肢があるはずなんですがね・・・・。

そこまで思いつめることはなくても、私も日々生きていて、悩むことはあります。

その悩み、問題だけにファーカスすると、本当にただ辛いだけで何もできなくなりますが、

後になってみれば、「なんで悩んでたんだろ?こうすれば良かったに」

なんてことはよくあるんですよね。

つまり、その時は問題だけをクローズアップし過ぎて、視野が狭くなっていた。

実は、他に選択肢があるのにもかかわらず・・・

なので、今何か深刻に悩んでいることがあるなら、視野を広げて選択肢を模索することですよね。

自◯という極端な選択肢を選ぶ人たちへ。

ちなみに、私は自◯を否定しません

本当に人に相談しても何してもだめで、どうにもならなくて、苦しくて、限界で・・・・って末期的な状況なら

そういう選択肢も、人としてありだと思います。

それでも、その前段階でいくつも選択肢はあるはず、

模索してほしい。
(疲れきってるなら、三日三晩カーテン閉めて寝てください。)

 

特に、「私はなんかいなくていい」そう思っている人に言いたいのは

世の中にいらない存在なんていないってこと。

「私なんかいない方がいい」

なんて勘違いです。
(私もそう思った時期がありました。)

これはキレイ事ではないですよ。そういうのは大っ嫌いなんで。

たとえばですが、

私は最重度の重複障がい者や重度の知的障がい者の施設で働いたことがあります。

言葉も話せないだけでなく、身体も動かせない、知的障がいもある。

そんな最重度の重複障がいの人たちの存在意義ってなんですか?

家族にとってはもちろん、重要な存在かもしれません。

でも、社会にとっては?

笑顔に癒される?

彼も頑張って生きている姿を見て勇気をもらう?

確かにそれも重要でしょう。

でも、それ以上に重要なことがあります。

これ、すごくリアルな話ですが、

彼らがいることで、経済が回るんです。

施設なら、そこでで働く人がいて、そこで使用されるものを供給する企業にお金も流れる。

職員、医者、給食委託会社、工事業者、クリーニング業者・・・・

そして、それで給料を得た人たちがまたお金を使う。

これでいいんです。

 

生きているだけ?

それでも、何かにお金を使うでしょう。

それがもう社会的存在意義なんです。

以上。

凄くリアルな話ですが、これって私が言ったことじゃないです。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)の人が言ってたとです。

だから、もっと自信を持って生きて。

どうしようもなく疲れたら休んでいいので。

 

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です