徳南堅太のトレーニング、彼女・結婚情報!年収についても!

太田雄貴さんが2008年の北京オリンピックで銀メダルを獲得してから8年、

メジャーなスポーツにもり立てていこうとする地道な活動が実を結び、ようやく認知度が高まってきたフェンシング。

今回はリオデジャネイロ・オリンピック、男子・サーブル個人で出場する

徳南 堅太さんについて調べてみました。

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彼女・結婚は?コンサルの年収についても!

現在28歳の徳南さん。なかなかのイケメンです。

だからでしょうか、彼女はいるのか、結婚しているのかなど、周りがザワつくのも無理がありません。

うれしい事に(?)これといって浮いた話は一切無し。

今はとにかく目標に向かって邁進しているので、それどころではないのかもしれません。

年収についてですが、コンサル会社ということで、年収が高いイメージですが

デトロイトトーマツコンサルティングの年収は大体以下のように分かれているようですね。

ビジネスアナリスト 550万円(賞与込み)

コンサルタント 620万円(基本給)、770万円(賞与込み)

シニアコンサルタント 750万円(基本給)、800~1100万円(賞与込み)

マネジャー 1100万円(基本給)

シニアマネージャー 1300万円(基本給)

パートナー・ディレクター 5000万円以上

FactLogicより引用

 

マッキンゼーやボストンコンサルティングに比べると低いですが、やはり年収は高いですね。

コンサル会社だけに、平均22時退社という口コミもありますが、子育てなどにも理解があり、他のコンサル会社に比べると優しいそうです。

徳南堅太さんが、どの辺りの年収かは定かではありませんが、年齢的にシニアコンサルくらいにはなっているかもしれませんね。

つまり、年収的には700万~1000万くらい?ではないでしょうか・・・・・かなり開きがありますが。

小学校~中学時代

1987年8月17日生まれ。彼が生まれ育った福井県池田町は緑豊かな、小さな町。

この春、町おこしも兼ねて「ツリーピクニックアドベンチャーいけだ」、いわゆる森を生かしたアスレチックフィールド施設を興した、森林資源に恵まれた町です。

同級生が11人だったという池田第三小時代、運動会で応援団長を務めるなど、周囲を楽しませるムードメーカーだったとか。

池田中では剣道部に所属。

剣道を指導し、今も親交のある和田真吾さん(現武生二中教諭)は、当時の彼について

「人一倍、吸収力があり、何事にも全力だった」

と振り返ります。

中学生当時はまだフェンシングは未知の世界。

和田さんに宛てた年賀状には中学生らしく、「剣道二段をとり中学を卒業したい」と書き添えていたそうです。

後日譚ですが、和田さんとの年賀状にはその後も「(フェンシングで)来年はインターハイに出ます」「ナショナルチームを目指してがんばっています」と、有言実行ですべて実現してきました。

五輪出場決定前の2016年の年賀状には「何が何でもオリンピックに出ます」だったそうです。

和田さんは「決めたらやるのがすごい。気持ちの強さの表れ」と教え子の躍進に目を細めます。

徳南さんは本当に意志が強い方なんですね。

フェンシングとの出会い

フェンシングと出会いは高校入学時。

フェンシング強豪校である福井県武生商業高校の諸江克昭さんから誘われたことがきっかけでした。

これまで数多くの才能を見いだしてきた諸江さんの目には、徳南さんの才能は特別なものに映ったにちがいありません。

当初は興味本位で入部したものの、すぐに才能は開花し、彼自身ものめり込んでいきます。

高校時代は、諸江さんから「勝ちにこだわる気持ちと、そのためにどうすればいいかをしごかれた」そうです。

諸江さんの厳しい指導のもと、勝ちにこだわる精神力、勝負に打ち勝つ強靱な肉体とフェンシングの技術を培ったのでしょう。

卒業後は日本体育大学へ進学し、さらにフェンシングを研鑽します。

大学卒業後、NEXUSに所属し活躍していましたが、新天地を求め、2014年に現在のデロイト・トーマツ・コンサルティング(DTC)に入社します。

DTCは徳南さんを2020年の東京オリンピックまで全面的にバックアップすることを約束してくれました。

徳南さんの種目はサーブル。

長身な体から繰り出される攻撃的なフェンシングスタイルが彼の持ち味です。

最近の戦績はこちら!

・2014年全日本選手権 個人3位
・2015年東京都大会 優勝
・2016年アジア選手権 個人3位

目標も定まり、練習環境が盤石なものになったからか、毎年のように成績を残し、リオデジャネイロオリンピックの出場権を獲得します!

好きな言葉は「感謝」だという徳南さん。

オリンピック出場が決まった後のコメントを求められた時、彼は

「今までサポートしてくれた方と、応援してくれた方たちのお陰でオリンピックの出場権を獲得できました。」と感謝の気持ちを表しています。

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地元の声援を一身に受けて

福井県池田町では、徳南さんの母校である小学校が廃校になったのを機会に改築し、合宿施設「農村de合宿キャンプセンター」を開設。

徳南さんが試合に臨む、11日午前1時45分(日本時間)からの1回戦に合わせ、パブリックビューイングを開催。

人口約2800人の町が生んだ初の五輪選手に熱いエールを送りました。

残念ながら、13―15で敗れたものの、池田町は町のウェブサイトで次のように語っています。

「徳南選手の母校で応援できたこと嬉しく思います。

フェンシングの競技をはじめて観戦しましたが、本当に一瞬一瞬気がぬけない戦いでした。

徳南選手 おつかれさまです。本当に、ありがとう!」

そして徳南さん自身も、この試合を振り返って、

「全く通用しない感じではない。最後は自分のコントロールが利かなかった。出しちゃ駄目な欲が出た。4年後のスタートは今始まった。

東京五輪でメダルを取りたい。」、早くも照準を東京に合わせています。

初めてのオリンピックは少しほろ苦い結果に終わりましたが、自分一人で戦っているのではないことを実感してもらえたのではないでしょうか。

惜しみない声援が、彼の今後の選手生活をしっかりと支えて行くことでしょう!

次の東京オリンピックでは、勝利の喜びを地元と応援して下さるすべての人々と分かち合えるといいですね。

これからも徳南さんを応援しましょう!

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