小長谷研二の家族ついて!トレーニングについても!

メダルが期待される競泳・トビウオジャパンには、個性豊かな選手達がたくさんいらっしゃいます。

今回のリオデジャネイロが初めてのオリンピックとなる選手がいます。

『遅咲きのスイマー』の異名を持つ小長谷研二さん、その人です。

今回はそんな小長谷さんに焦点をあててみました。

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小長谷研二さんはどんな選手?

小長谷研二(こばせ けんじ)さんは1987年7月31日、札幌市生まれ。

身長は180センチ、体重は80キロと堂々たる体格の持ち主。独身の29歳です。

月寒東小学校2年生の時、兄の影響でピープル白石で競泳を開始しました。

その後、道尚志学園高校を経て中央大学法学部へ進学します。

その後も競泳から離れることはなく、練習環境を求め所属クラブ替えを繰り返します。

現在は岐阜西SCに所属。このほどリオデジャネイロ・オリンピック、男子フリー400メートルリレーの一員として出場します。

得意種目は100メートル自由形。求道者のごとく、力のすべてを自由形に注いで、今回のリオデジャネイロ・オリンピックの代表を勝ち取ったことが手に取るようにわかります。

家族について

家族構成は母、兄、妹。

お母様の友子さんは、女手ひとつで子ども3人を育て上げた女傑。

彼女は元スクールメイツ。

10代から音楽やダンスをたしなみ、今もバンド「マシン☆ガン」のボーカル「モコ」として活動中です。

スイミングクラブへの送迎や大会の応援を欠かさない一方、会場では「静かに見守るようにしてきた」という友子さん。

息子が伸び悩み、もがいている時はあえて声をかけたりせず、本人が友子さんに助け船を求めるまではじっと待つ姿勢を貫いたといいます。

自分の好きなこと、音楽やダンスで生計を立ててきた友子さんは、小長谷さんの、思うとおりに歩んで来た競泳人生に、親子の不思議な類似性を感じているようです。

「自分にはロックの神様が付いている」

という友子さんは、息子には

「水泳の神様が付いている」

と素直に思っています。

だからこそ、遅ればせながら29歳で五輪の切符を手にした彼を、これからも温かく見守り続けるそうです。

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トレーニングについて

小長谷さんはこれまでも、「地元で練習」という姿勢を崩してきませんでした。

北海道ではウインタースポーツではオリンピアンを多数輩出していますが、競泳陣ではいない、

という「お土地柄」に対する思い込みを覆したいという気慨があったのかも知れません。

競泳を続けるためにクラブを変遷したときでも、そのクラブの所属する地で精一杯の努力を積み重ね、自己研鑽にいそしみました。

その姿勢は、リオデジャネイロ・オリンピックでも変わりありません。

五輪まで海外合宿を組む選手が多い中、小長谷さんはこれまで同様、国内で調整することに決め、東京、和歌山などで合宿を重ねます。

さらにレース感覚を失わないようにするため、6月と7月にそれぞれ和歌山、三重の地方大会に出場。

本拠地・岐阜では元五輪代表で、現在は岐阜県水泳連盟強化委員長の糸井統(はじめ)コーチの指導のもと、県立岐阜商高の屋外プールで連日5000メートル程を泳ぎ込むことに。現地には大会開催目前の7月18日に出発しています。

リオでの目覚ましい活躍!

日本時間8日午前、決勝進出をかけて競泳男子400メートルリレーに小長谷研二さんは第3泳者としてレースにのぞみ、3分14秒17の日本新記録をマーク、全体で8位に入る快挙を成し遂げました。

48年ぶりの決勝進出。

決勝では8位に終わり、記録の更新もありませんでしたが、圧倒的に体格差が記録に響くといわれている自由形種目で、これほどまで日本の躍進がみられたことは本当に誇らしいことです。

4年後の東京が今から待たれます!

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