中村美里の両親は?父・母と兄弟について!

いよいよ始まったリオ五輪。

大会3日目の柔道女子52キロ級で、見事、19歳で出場した2008年北京五輪に続く、銅メダルに輝いた中村美里(なかむらみさと)選手。

初戦敗退したロンドン五輪のあと、断裂した左膝前十字靱帯の再建手術を受け、長期リハビリ生活に入った彼女は、苦難を乗り越え、

今回のリオ五輪では、8年ぶりのメダル獲得を果たしました。

今回は、中村選手のご両親や兄弟について見ていきたいと思います。

東京都八王子市出身、1989年4月28日生まれの27歳です。

2008年4月より三井住友海上に所属しています。

得意技は小外刈、寝技である中村選手。

今回のリオ五輪でも、得意の寝技が炸裂していましたね。

最初の技で相手を崩して次の技につなげる、「2つの技で1つ」という、軽量級ならではの試合展開をすることが、中村選手の柔道スタイルとして確立されているようです。

 

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中村 美里の両親は?

中村選手の父・一夫さんは、今年で53歳。

母・美智代さんは、今年で50歳です。

母・美智代さんは、中村選手が小学校にあがるときに、ズボンばかりはいている娘にスカートを買ってあげたそうです。

女の子らしくなるかなと思っていたが、ダメだったようですね。

子供のころから兄や近所の男友達と野球をして遊んだりすることが好きだった中村選手は、

小学3年生のときにお父さんと総合格闘技「K-1」をテレビで観戦したことで、運命が変わり始めたということです。

「K-1が格好いい。空手が習いたい。」と母・美智代さんに話したそうですが、

パンチやキックをする競技はやらないでと願っていたということで、中村選手は高尾警察署が開く柔道教室に入りました。

ここから、自分より身体の大きい男子を投げることができる柔道に魅了されていったんですね!

ちなみに私も高校生の頃にマイク・ザンビディスに憧れて「K-1選手になる!」と豪語して、家族、親戚一同に大爆笑されたことがります。

そのときは大マジで、勉強は一切にせずにトレーニングに励んでました。

まぁ 結果的に大学進学して・・・っていう一般コースを辿りましたが・・・・

ちなみに後から分かったのですが、MRIを撮影した時に、脳に「ベルガ腔」という隙間がありまして、

これだとボクシング等のライセンスは取れないそうです・・・・なんだ元々ダメだったんだ!!

父はとても厳しい?兄弟は?

父・一夫さんはとても厳しい方で、中村選手が保育園の時から、テレビゲームや相撲で、一切手加減をしなかったんだそう!

「小学校に入ると周囲に負けることがある。負けたら悔しいという純粋な思いを鍛えたかった」からだということです

父・一夫さんは、中村選手が小学校6年になるころ、道場で寝技対決をしましたが、娘の押さえ込みから、逃れることができなかったそうです。

すごいですね!

いよいよ強くなっていった中村選手に対し、父・一夫さんはある時々で、愛のある言葉でくぎを刺します。

「おまえ、五輪に出るんだろ。ここでへらへらしてんじゃないぞ。」

これ以降、中村選手は笑顔を封印して、「笑わない女王」と呼ばれるようになったのだそうです。

「満足したら先はない。自分も喜怒哀楽を見せないようにしている。」と語った父・一夫さん。

その一方で、「やっぱり女の子だから。」と柔道着に芳香剤をかけてくれたのも父・一夫さんです。

中村選手には雄大さんというお兄さんもいるんですね。

小さい頃は、兄の影響で始めた野球も続けたかったそう。

兄・雄大さんは、その後も野球を続け、名門・桜美林高校から東海大学に進んでいます。

 

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まとめ

今回のリオ五輪では、「苦しい試合でしたが、最後まであきらめず戦いました。」と悔しさをにじませながらに語った中村選手。

北京五輪の銅メダルから、ロンドン五輪の初戦敗退という苦難を乗り越え、勝ち取った今回の銅メダル。

左膝前十字靱帯断裂という怪我から、辛いリハビリに耐え、挑んだ4年間を振り返り、

「いろんな経験をしてとったメダルなので大切にしたい。」と語った中村選手に、「重い銅メダルだと思う。」と話した父・一夫さん。

この時、「笑わない女王」と呼ばれる中村選手は、少しだけほほ笑んだそう。

次の東京五輪では、悲願の金メダルをつかみ、中村選手のまんべんの笑顔が見れるよう、期待したいと思います!

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