渡部香生子の中学・高校時代と家族について!練習とコーチも調査!

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リオデジャネイロオリンピックでは女子競泳・100メートルおよび200メートル平泳ぎでメダルを狙う渡部香生子さん。

その愛くるしい顔立ちからは想像できないほどのパワフルな泳ぎでファンならずとも注目しています。

そんな彼女の強さの秘密に迫ってみました。

 

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渡部香生子の中学・高校時代

彼女が水泳に出会ったのは4歳のとき。

もともと病気がちだった彼女を思い、健康な体作りのために母親が水泳に通わせたのが始まりです。

中学1年生までは個人メドレーをメーンにそれぞれの種目(バタフライ、背泳ぎ、自由形)で競技会に出場していました。

この頃の彼女にとって平泳ぎは最も苦手な種目。ところが同年の秋、右肩を故障してしまいます。

このことから肩への負担の少ない平泳ぎに出場したところ、思わぬ好成績が。
これが平泳ぎ選手として踏み出した第一歩だったのです。

・2010年、中学2年で出場した全国中学総体

100mおよび200mの女子平泳ぎで2種目優勝。

200m平泳ぎ決勝では、2008年に福留景子さんが16年ぶりに更新したばかりの日本中学記録を更新します。

・2011年5月のジャパン・オープンでは、

50m・100m・200m平泳ぎの3種目全てで日本中学新記録を樹立し優勝します。

特筆すべきは200m平泳ぎの記録。

これは2011年の世界ランキングで第3位という輝かし功績でした。

この時すでに200m平泳ぎでは他の追随をゆるさない強さを誇っていたようです。

その後も彼女の快進撃は続きます。

・2012年2月の短水路記録会では、

200m平泳ぎと100m個人メドレーの日本中学記録を更新します。

特に100m個人メドレーでは当時の日本記録に肉薄する記録をたたき出す快挙。

さらに200m平泳ぎでは当時の平泳ぎ女王・鈴木聡美さんを破って優勝したのです。

高校時代

中学3年の終わりに打ち立てた金字塔そのままに、4月に武蔵野高校に進学。

この年、ロンドンオリンピック出場権を賭けて第88回日本水泳選手権に出場します。

その結果、女子200m平泳ぎ決勝で自己ベストを出し2位に。見事、五輪代表入りを決めたのでした。

そして8月、ロンドンオリンピックに出場。このときわずか16歳でした。準決勝まで勝ち進むという快進撃を見せます。

さらに同年の12月、世界短水路選手権に出場し、200m平泳ぎで銅メダルを獲得します。

その後のおもな戦績は次の通りです。

・2013年、日本選手権100m平泳ぎ・準優勝、200m個人メドレー・優勝。

バルセロナで開催の世界選手権の代表に選出。

・2013年8月・世界選手権、200m個人メドレー準決勝敗退(ただし日本高校記録を更新)

・2013年9月・国体、200m平泳ぎ・優勝(自己ベストと大会新記録)

・2014年、NSWオープン選手権、50m平泳ぎ・100m平泳ぎ・200m個人メドレーなどに出場し、予選も含めると17レースに出場。

そして17レース目となる200m個人メドレーで日本新記録を樹立し、同時に200m平泳ぎでも日本高校新記録を樹立。

・2014年4月、第90回日本水泳選手権では100m平泳ぎ、200m個人メドレー、200m平泳ぎの3種目すべてに優勝

(100mと200m平泳ぎでは日本高校記録を樹立)・・・・・・

余りのタイトルの多さに、舌を巻きます!

渡部香生子の家族について

トップアスリートが偉業を成し遂げるには本人の努力もさることながら、周囲の人たち、ことに家族の存在は欠かせません。

渡部香生子さんを育んだご両親は一体どんな人なんでしょう?

まずは香生子さんを水泳に導いた母親

学生時代に水泳をやっておられたそうで、中学・高校時代にそれなりの記録を持っていらっしゃるとのこと。

真剣にプロゴルファーを目指した時期もあるらしく、アスリートとしての気質は十分に持ち合わせていらっしゃったようです。

そして父親ですが、アマチュアボクシングでインターハイに出場されるなどの輝かしい経歴を持っておられたのです!

そもそもこうした二人の子どもですから、「門前の小僧、習わぬ経を読む」とばかりに、自然とアスリートとしての歩みを進めていったのでしょう。

ちなみに、香生子さんの3歳離れた妹さんもスイマーで、さらに香生子さんに劣らずの美貌の持ち主だとか!

東京オリンピックでは、美人姉妹の競泳選手が生まれるかもしれませんね。

 

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コーチと練習は?

現在、香生子さんは早稲田大学水泳部で練習を続けています。
コーチは竹村吉昭(たけむら・よしあき)さん。

2000年のシドニー五輪女子100m背泳ぎ銀メダルの中村真衣さん、2008年北京五輪代表の種田恵さんらの指導者としてその名が知られています。

ロンドン五輪出場でスーパー高校生と脚光を浴びたその年の夏、その功績とは裏腹に、香生子さんは周囲の注目と期待から、心身のバランスを失いつつありました。

五輪後の彼女は泳ぎに切れがない、成績もパッとしない。

小学生からの恩師である麻績隆二(おみりゅうじ)コーチは、彼女のこうした微妙な心の揺らぎを感じ、竹村コーチに彼女の指導を託したのです。

思春期の感じやすい香生子さんの心理を見抜き、練習も心理面からの丁寧なアプローチを主体に行われます。

「苦しい時は頑張っている時。つらい時、しんどい時こそ、笑顔を出そう」との教えのもと、トップダウン式の指導法ではなく、

同じ目線に立ち、常に会話を通じて精神面のフォローをし続けました。

こうして深い信頼関係が築けた結果、練習にも前向きに取り組め、大きな結果を生みます。

2015年のパンパシとアジア大会で、200m平泳ぎでは金メダルを獲得します。

競泳のライバルが記録を上げて行く中、時には惜敗に泣くときがあっても、それを引きずらない精神力も培いました。

「先ばかりを考えず、1つずつやろう。悪いように考えても、結果的にどうなるかわからない。良い方に考えた方が得だよ」

とプレッシャーで押しつぶされそうになっている彼女に声を掛けます。
苦しい時こそ決して後ろ向きに考えない。

このゆったりとした教えがどん底の成績で落ち込む彼女に力を与え、五輪への切符をつかみ取らせたのです。

五輪に向けて!

渡部香生子さんのオフィシャルページには、ごくシンプルに「引き続き五輪に向けて一日一日を大切に頑張っていきたいと思います!」

という彼女自身の言葉が刻まれています。
リオでの戦いのために、それこそたゆまぬ努力を築き上げてきました。

レースではその力のすべてを出し切って、さらに大きく飛躍してもらいたいですね。

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プロフィール



群馬県前橋市出身。
永遠の20代男性。

芸能界だろうが、そこらに転がっている石ころだろうが、実は目を凝らし見てみれば学ぶことは多い!
様々な情報を深い視点から切り込みます!
・・・と言いつつ当たり障りのないことしか言ってなかっり・・・