羽根田卓也はイケメンで筋肉もヤバイ!父と兄についても紹介

羽根田卓也(通称ハネタク)さん はカヌースラローム・男子カナディアンシングルの選手。

出場するリオデジャネイロは3回目のオリンピックになります。出場するたびに順位を上げてきている彼、今回こそはとメダルの期待のかかる選手です。

そんな彼を調べてみました。

イケメンですね!
彼のイケメンぶりはロンドン五輪のときから有名。

オリンピックシーズンになると、国内外のイケメンを集めるまとめサイトが乱立する中、ご常連として登場します。

甘いマスクに鍛え抜かれたマッチョな体。

女子の熱視線を集めたい放題。

でも、イケメンでマッチョなだけならこれほど話題をまきません。すごいのは、彼のタイトル。ざっくりと振り返ります。

おもな戦歴
2006年 ワールドカップ 8位
アジア選手権 優勝
2008年 北京五輪 14位
アジア選手権 優勝
2009年 ワールドカップ 10位
2010年 ワールドカップ 7位
広州アジア大会 2位
2011年 世界選手権 10位
2012年 ロンドン五輪 7位入賞
2013年 ワールドカップ 5位・7位
2014年 世界選手権 5位
仁川アジア大会 優勝
2015年 リオデジャネイロ五輪出場権獲得!
2016年 ワールドカップ 3位入賞(日本人初)

・・・・・・イケメンでこれだけ大会のタイトルを奪取していたら、そりゃ、目引きますよね!

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カヌーを始めたきっかけー父と兄について

さて、そんな羽根田卓也選手の家族ですが、両親と兄、弟がいます。

父親は羽根田邦彦さんで、愛知県豊田市で羽根田卓也設計事務所を経営しています。

調べたところ、豊中ロータリークラブに所属しているようで、結構お金持ちということが分かります。

卓也選手を資金的にバックアップできた理由もうなずけます。

ちなみにGOOGLEMAPを使用してお家を拝見したのですが、3階建て大きく、とてもオシャレな外観でしたよ。

お兄さんについては、はっきりとした情報がなかったのですが、弟さんはどうやら農業をしているようです。

はカヌーが大嫌いだった

運動はもともと得意だった卓也さんは7歳から器械体操を続けます。

9歳の時、カヌーの選手だった父親の邦彦さんが、長兄と次男である卓也さんにカヌーを教えたことから彼の競技人生が始まります。

小学校3年生にして競技に参加するようになったものの、その頃はカヌーが大嫌い。

やりたくないと足が遠のくところを、父の邦彦さんがアイスやらおもちゃやらで子ども心を釣ったというのは有名な話です。

卓也さんが中学生の時はどうにかカヌーを辞める方法ばかり考えていたと言いますから、相当な嫌いだったようですね。

転機が訪れる

そんな彼が本腰をいれてカヌーに向き合うのは中学3年生、ポーランドで開催された国際大会に参加したとき。

世界の強豪を目の当たりにして、強い選手がまだまだいるということを強く意識し、覚醒したのです。
それからの練習への取り組み方はまるで違っていました。

高校生になると練習の虫に変わり、彼のためにスクールバスがカヌー乗り場で止まってくれるようになるほどでした。

海外へ

その頃には国内にはもはや敵無しの状態。国内のタイトルをほしいままにしていました。

そんな折、遠征先のスロバキアで、高校卒業後はスロバキアに渡りたいと父親に手紙を書きます。

日本では練習環境に限界があること、人工のレースコースがないのが一番の理由でした。

その点、スロバキアは有数なカヌー大国であり、五輪で5個のメダルを獲得したカヌー界の英雄・ミハル・マルティカン氏がホームとする練習場で、

自分の技術を磨くことができるということもその理由だと推察されます。

そしてスロバキアにホームを置く現在、彼は現地のコメニウス体育大学、さらに同大大学院に進学し、競技者として精進しています。

 

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カヌースラローム競技とは?

ちなみに、彼の出場する競技について。

「スラローム」は、変化に富んだ流れのある川で行うカヌーを使った回転競技。

急流に18~25個設置されたゲートを決められた順番で通りながら、その技術とタイムを競う競技で、自由自在に艇を操る技術が見どころ。

その競技のカナディアン部門は、漕者が艇の進行方向に向かって立膝の姿勢をとり、

片方にブレードのついたパドルで左右どちらか片方のみを漕ぎながら艇を進めるというものです。

シングルは一人乗りの艇のことです。

五輪にむけて

3度目の五輪、リオデジャネイロではどんな活躍をみせてくれるでしょうか。
彼は昨年11月のリオ五輪テスト大会で、本番と同じコースで2位に入賞しています。

そのときの感触を次のように振り返ります。

「周りがやりにくそうにしていたけど、自分はそう感じなかった」。

さらに、リオのコースは流れは緩やかだと分析。

急流にあらがうパワーよりも、複雑な流れへの対応力が求められるとして、「繊細な技術が必要なコース。自分向きだと思う」と意気込みを語ります。
渡航を願い出たそのときの手紙に、彼は父・邦彦さんに、

「必ず(メダルを父の)首にかけます」と約束を交わしたそうです。

あれから10余年、この五輪で果たしてくれるのではないかと期待は膨らみます。

ぜひがんばって頂きたいですね!

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