川元奨の練習・トレーニングは?コーチとスパイクについて調査!

この夏、オリンピック陸上選手として登場する、川元 奨選手。

1993 年 3 月1日生まれの 23 歳の若いアスリートは、800m で自己ベスト 1 分 45秒 75 という記録を出しています。

これは日本記録。

それだけではなく、日本学生記録、ジュニア日本記録、ユース日本記録、そして元日本高校記録の保持者という輝かしい経歴の持ち主です。

すごい記録保持者もいたもんですね。

というわけで、今回は川元 奨選手について、その練習法やコーチのこと調べてみました。

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川元奨が陸上を始めたキッカケは?

川元選手は、小学生のころはバスケをやっていたのですが、姉が中学に進み陸上部に入ると、川元選手も佐久市立野沢中学校入学とともに陸上を始めます。

理由としては、ご両親が陸上経験者という事と、陸上とバスケに分かれると試合が重なった時に応援に行けないということからで、彼としては半ば仕方なく陸上に転向することになったんです。

ってか、両親が応援にいけないからって・・・・・

なんだかよくわからない動機で陸上を始めたのに、ここまでの成果を出せたってのがスゴイですね。

やはり、遺伝子的な要素も大きく影響したのかもしれません。

もちろん、それ以外の環境と、本人の努力がなければここまで成長はしませんがね。

川元選手の練習・トレーニングとコーチは?

中学時代は 1500m をメインとしていましたがジュニアオリンピックに 1500m の種目がないため 800m に変更します。

すでにこの頃からオリンピックを頭に置いていたんですね。

高校は長距離で有名な佐久長聖高校からも誘いがあったにもかかわらず、中学の先生たちの助言に従い北佐久農業高校へ進みました。

その高校では、陸上の経験のない顧問が 2 人いましたが、2 人とも彼が 2 年生の時に転勤してしまいます。

そんな状況下でも彼は、転勤した顧問の作ったメニューにそって地道にトレーニングを続けました。

その練習法は、際立ったものではなく、坂道ダッシュや登坂道ダッシュなどでした。

しかしその地道なトレーニングで徐々に実力を付け記録を出していったのです。
やはり天性の実力があったんですね。

その後日本大学文理学部体育学科へ進んだ川元選手は、選手兼コーチである松井一樹さんの指導のもとトレーニングを重ねます。

「トラック練習が中心の日大」と言われるほどですからトラックでのトレーニングがメインだったようです。

コーチの松井一樹さんは、現役を引退した今も川元選手のコーチを続けています。

一緒にリオオリンピックに行く事は、コーチとしてまたひとまわり大きくなって川元選手や後続の選手たちを引っ張っていくことでしょう。

川元選手も年の近い若いコーチのもと、リオでその実力を大いに発揮してくれると期待します。

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川元奨選手のスパイクは?

川元奨選手のスパイクといえば、今年5月の静岡での大会で右足のスパイクが脱げてしまい途中棄権というエピソードがあったばかりです。

具体的に何を使用しているのかTWITTER等にも情報がないです。

ただ、yahoo 知恵袋にはナイキのズームビクトリーエリート という情報がありました。

画像を見る限りでは、恐らく現在も使用しているものと思われます。

以下画像参照↓

bandicam 2016-07-29 01-57-37-361

やはり、ズームビクトリーエリートで間違いなさそうですね。

 

 

 

最後に

中学時代からいろいろな記録を更新してきた川元選手。

それゆえに高校、大学と進むにつれ、彼への期待も集まりそれに対するプレッシャーも半端なものではなかったでしょう。

それを物ともしないではねのけてきた精神力は想像もできないほど強いものでしょう。

松井一樹コーチという支えのもと前へ前へと進んできた川元選手は、今リオへ向けてまっしぐらに突き進んでいます。

私たちもその雄姿を見れる日が近づいてきました。もうすく川元奨選手の熱い夏が始まります。

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