塩浦慎理の練習・トレーニングは?水着とコーチにいても調べた!

オリンピックの悲願なるか、日本水泳界の期待の星、塩浦慎理の挑戦!
2016年8月、いよいよリオデジャネイロオリンピックが近づいてきました。

平泳ぎの北島康介さんが引退したものの、萩野公介さん、瀬戸大也さんをはじめ、若手の台頭は著しく、メダルの期待が大きい日本競泳陣。

その中でも自由形は体格差が圧倒的にレース勝因に関わると言われており、欧米の選手と比べて体格的に不利な日本人にとって、メダル獲得が悲願です。

そんな中、日本の期待を背負った自由形の選手が現れました。

塩浦慎理さん、その人です。

今回は50メートル自由形でアジア新記録を樹立し、リオオリンピック出場を決めている塩浦慎理さんに迫ってみましょう。

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塩浦慎理さんはこんな人!兄弟・出身地は?

身長188センチ、体重90キロ。

黒く引き締まった矩形の体。

一見するとまるで外国人のような風貌の持ち主ですが、れっきとした日本人です。

並外れているのは、これ以外にも。

肺活量は一般成人男子の2.5倍、握力は70キロ、足のサイズは31センチ! 

この足で水を蹴り、この握力で水をグイグイかき分けて泳ぎきった結果、リオ五輪選手に選抜という結果につながっているのでしょう。
神奈川県は伊勢原市出身の24歳。

男兄弟3人の真ん中で、仲良さそうな様子がブログの写真からも見てとれます。

中央大学法学部を卒業後、2014年には東進ハイスクールやイトマンスイミングクラブを傘下に置く株式会社ナガセに入社。

日々競泳に精進しています。

水泳をはじめたキッカケは?

水泳を始めたのは2歳のとき。

イトマンスイミングスクール新百合ヶ丘校で力を付けました。

高校ではすでに自由形で第一人者とも言えるほどの地位を築き上げ、華々しい記録を打ち立てます。
今から2年前の日本選手権では、50メートル自由形で夢の21秒88で日本記録を樹立します。

このときの記録へのこだわりもすさまじく、いつもはレースの前にすね毛を剃り上げ、水の抵抗を極力抑えるというところを、

ワキ毛まで剃って挑みました。

この時、彼は「0.01秒でも速くなるなら、なんでもします」と、並々ならぬ思い入れで語ったと言います。

輝かしい栄光の裏に挫折が! 救ったのはコーチの言葉

華々しいスター街道をずっと歩いているような印象を持たれるかも知れませんが、大きな挫折も。

それは2012年1月、ロンドン五輪開催のわずか6カ月前、国内で行われた競泳大会。

ゴールタッチの距離をほんのわずかに誤り、タッチ板に左中指を強打し骨折。

70キロあった握力は小学生レベルの12キロに落ちてしまいます。

思わぬケガはその後のレースから集中力を奪い、焦燥感だけがつきまとう結果に。

最終的にはロンドン五輪をかけた日本選手権では50メートル、100メートルとも3位という結果に終わり、五輪への夢はついえてしまいます。

目標を見失った彼はその後、失意の中、水泳を辞める決意を固め、

大学時代からずっと支え続けていた高橋雄介コーチに水泳から離れて就職活動にいそしむことを相談します。

そのときコーチの投げかけた言葉は

「自分のやりたいようにしなさい。自分が一番しあわせになれるように。頑張れないというのなら、やっていてもしょうがない」

目標に向かって一心不乱に努力してきた彼をずっと見ていたからこそ、あえて突き放すこの言葉が言えたのでしょう。

その後彼は就活をしながら惰性で競泳生活を送りますが、

2013年の日本選手権で、彼は自身の打ち立てた50メートル自由形の日本記録が塗り替えられる瞬間に立ち会います。

誇りもうちくだかれ、失意にうちひしがれる彼を救ったのもまたコーチの言葉、

「取り返せばいいんだ」でした。

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記録に向けての練習、そして勝負服の水着について

とにかく練習の虫。

ナショナルチームメンバーともなれば個別の練習メニューがあり、これは各人の緻密なデータをもとにメニューが組まれるようです。

筋力トレーニングは体のパーツごとに入念に行われます。

事実、塩浦慎理さんはウェイトトレーニングを課して日本記録を出した体重よりも2キロ筋肉量を増やしてきました。

こんなに筋肉がついているのに、泳げるんだ!というほどのマッチョな体。

さらに水着はスプリンター向けのミズノ GX SONIC STモデルを着用しています。

短距離スイマー、パワータイプにおすすめの水着のようです。

実際にレースの時に着用した水着をサイン入りで展示しているショップがあります。
とにかく生活のすべてを競泳にささげているという感じですね。

リオ五輪に向けて、塩浦慎理さんについてまとめ

突き放され、いったんは退いた水泳の道だからこそ分かったのかも知れません。

「自分が一番幸せになれる場所」がどこだったかを知ります。そしてその場所に帰ってきました。

コーチの言葉通り、彼は50メートル自由形・日本記録をふたたび取り返し、目前で失った五輪の切符を、今はしっかり握っています。

日本競泳界の悲願を背負って、ただひたすら真っすぐにレースに挑む塩浦慎理さんを精いっぱい応援しましょう

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